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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)3844号 判決

原告

財団法人労働衛生会館

右代表者理事

山元春次

右訴訟代理人

山口元彦

被告

社会保険診療報酬支払基金

右代表者理事長

柳瀬孝吉

右法定代理人幹事長

三代威彦

右訴訟代理人

横大路俊一

外二名

主文

原告の請求を棄却する

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

第一 当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、三一三八万三九四一円及び別表の最終減点金額欄記載の各内金に対する各支払期日欄記載の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二 当事者の主張

一 請求原因

1(一) 原告は、昭和二五年一一月、東京都江東区白河三丁目一〇番一〇号に内科、外科、小児科、耳鼻咽喉科、眼科及び産婦人科を有する財団法人労働衛生会館附属平和記念病院(以下「原告附属病院」という。)を開設し、東京都知事から健康保険法(以下「健保法」という。)所定の保険医療機関の指定を受け、いわゆる保険診療に従事しているものである。

(二) 被告は、政府又は健康保険組合等の保険者(以下「保険者」という。)が健保法その他の法律の規定に基づいてする療養の給付及びこれに相当する給付の費用について、保険者の委託を受けて、療養の給付を担当する者(以下「診療担当者」という。)に対して支払うべき費用(以下「診療報酬」という。)の迅速適正な支払をし、あわせて診療担当者から提出された診療報酬請求書の審査を行うことを目的として、社会保険診療報酬支払基金法(以下「基金法」という。)によつて設立された特殊法人である。

2 原告は、被告に対し、昭和五〇年一一月一日から昭和五五年七月末日までの間、被告東京都事務所に対し、毎月、各月分の診療報酬につき診療報酬請求書(各保険者毎に件数、点数等を合計したもの。)及び診療報酬請求明細書(各患者ごとに診療の明細を記入したもの。)を提出し、別表の請求金額欄記載の金額の診療報酬の支払を請求した。

3(一) 被告から原告に対する診療報酬の支払は、原告と被告との合意により、各月分をその月の末日から三か月後の月末日限りするものと定められている。

(二) 被告は、別表記載のとおり、原告が請求した右2記載の診療報酬合計七億六八四万五五一円のうち合計三一三八万三九四一円につき、いわゆる減点査定を行い、その支払をしない。

よつて、原告は、被告に対し、診療報酬請求権に基づき、前記未払診療報酬合計三一三八万三九四一円及び別表の最終減点金額欄記載の各金員に対する支払期日欄記載の各支払期日の翌日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

原告から提出された診療報酬請求明細書に記載されている事項について被告東京都事務所の審査委員会において審査したところ、保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和三二年四月三〇日厚生省令一五号、以下「療養担当規則」という。)等に適合していないものがあつたので、その部分について減点査定をして診療報酬の支払をしなかつたものである。

三 原告の主張

1 被告の審査について

被告は、診療報酬の支払に当たつて審査権を有するが、その審査の範囲、内容は、次に述べるとおり、昭和三三年厚生省告示一七七号「健康保険法の規定による療養に要する費用の算定方法」(以下「算定方法告示」という。)所定の区分若しくは点数の誤記又は誤算の有無に限られる。

仮に、被告の審査権が療養給付が療養担当規則に適合しているか否かの点にまで及ぶとしても、その範囲は、同規則中の禁止規定(一八条、一九条、二〇条一診察のロ、ニの項及び同条七収容の指示のロの項)に対する一見して明白な違反(被告が減点通知書において、「A」ないし「E」の記号を用いて示している事項中、「D」のうち療養担当規則の前記条項に該当するもの)の有無に限られるのであり、それ以外の事項について、被告は、審査及び判断をすることができない。

(一) 担当医師の裁量

被告が診療報酬請求について審査権を有するのは、診療報酬の迅速適正な支払をするために、保険者からその支払を委託されていることによるものであるが、都道府県知事が行う保険医療機関の指定は、私法上は保険者と保険医療機関の間の請負又は準委任の性質を持つものであり、保険者と診療担当者の関係は、右請負又は準委任契約の契約条件によつて定められるところ、その契約条件は療養担当規則という形で設定されている。

療養担当規則は、形式上は公権力による行政命令であるが、実質は右契約当事者間の契約条件の定めにほかならず、その解釈及び適用は信義則、合理性、慣行その他諸般の事情を考慮してされるべきであり、療養担当規則は次に述べるとおり右契約の内容たる診療行為の内容を全面的に担当医師の裁量にゆだねているものである。

(1) 療養担当規則一二条ないし一七条は精神的な訓示を述べたもので保険医に対し具体的な作為又は不作為の義務を課したものではなく、一八条(特殊療法の禁止)、一九条(使用医薬品及び歯科材料)、二〇条一診察ロの項(健康診断を療養給付の対象とすることの禁止)、同条一診察ニの項(研究目的の検査の禁止)及び同条七収容の指示ロの項(疲労回復等のための収容の禁止)は、もともと前記契約の範囲外の事項を特記したものにすぎず、同二〇条は、「診療の具体的方針」という見出しが付されているが、先に挙げた三項目以外は、いずれも、「必要があると認められる場合」、「みだりに」、「おおむね」、「おそれがあるとき」、「期待することが困難であるとき」等の文言が含まれていることから明らかなように、投薬、注射等に関し一応の目安を定めたにすぎない。このように療養担当規則は、担当医師に、具体的な状況下でその知識、経験等に基づいた診療内容、すなわち治療の方法及び手段の決定及び実施、診断及び治療に必要なレントゲン撮影その他の各種臨床検査の選定、実施及びその評価、医薬品等の使用の要否及び使用医薬品等の種類、数量等の決定とその投与並びにこれらを実施した結果の判断とそれに基づくこれらの継続又は変更の決定とその実行などに関する最終的判断をゆだねていると解することは文理解釈上当然である。そして、このほかにも担当医師の裁量権を排除又は制限する規定はない。

(2) また、右のように解することは、診療行為の本質及び憲法の精神に照らし合理的である。すなわち、臨床医療は患者の症状との対決であるが、疾病は一般に進行性及び可変性を有し、かつ、個々の患者の特性に応じてその顕現のあり方が異なるのであるから、各診療時点において感知し得る限りの症状及び患者の特性に基づいて即応の処置をし、更に症状の経過を慎重に観察しながら必要と思われる諸検査を繰り返し実施して病因の解明に努力することが不可欠であり、その際多少の試行錯誤が生ずることは避け難い。したがつて、各診療時点においていかなる処置、検査等が必要であつたかを判断できるのは、直接患者に接して診療を行い、かつ、行為者責任を負う担当医師以外にないのであり、仮に行政庁の命令により診療内容を画一的に規制し、事後的判断により担当医師のとつた措置を否定することを認めれば、担当医師が症状経過及び患者の特性等に応じた臨機応変の措置をとることが実際上不可能又は著しく困難になり、ひいては国民が健康保険制度によつて適切な診療を受けることができなくなり、憲法二五条の趣旨に反する結果となつてしまうのである。

(二) 診療内容についての審査の可能性

(1) 診療担当者が診療報酬を請求する際に提出を要求されるのは、各月分の診療報酬請求書及び診療報酬請求明細書だけであるところ、前者には、各保険者ごとに一か月間の件数、実日数、点数、一部負担金額等を総計した数字が記載されるのみであり、後者には、各患者ごとに傷病名、診療開始日、診療実日数、転帰のほか、診察料、投薬料、注射料等各診療行為の種類ごとに当該一か月間に行つた処置の項目、回数、投薬単位数、点数、使用薬剤の薬名、規格単位、投与量等が記載されるが、いずれもその一か月間の処置の集計数字にすぎない上、患者の症状経過や特性などは記載することが要求されていない。したがつて、診療担当者の提出する右各書類からは、患者の当初の症状、即応性・体質等の患者特性、処置の経過と症状の経過、各段階における担当医師の判断など、臨床医療の本質的な事柄は全くわからないのであるから、仮に医学的専門知識を有する者が審査委員として審査に当たつているとしても、これによつて診療内容の適否について審査することは不可能である。

また、審査委員が前記資料のみに基づいて担当医師の判断処置の適否を判定することはその結果として担当医師の診療内容に影響を及ぼすものであるから、無診察治療行為等を禁止した医師法二〇条の趣旨に反するものである。

(2) また、被告が審査及び支払を行つた件数は、昭和五〇年が約四億三四〇〇万件、昭和五一年が約四億五一〇〇万件、昭和五二年が約四億六六〇〇万件であるところ、右各年度の審査委員数は、それぞれ二八六二人、二九四六人、三〇二一人であり、右各年二月における審査委員一人当たりの取扱件数は、それぞれ一万二九八二件、一万二八二二件、一万三六六七件であり、一枚の診療報酬請求明細書の審査に費すことの可能な時間は、審査委員の精神的、肉体的持続力などを度外視して単純に計算しても約七秒にすぎない。したがつて、審査委員が資料を十分に検討する時間はなく、まして三者構成の審査委員会において協議して決定することなどできるはずがなく、また、現実にも行われていないのであるから、被告の審査委員会において診療内容の適否を判断することは物理的にも不可能であるし、その審査結果に客観性及び正当性が担保されているなどとは言えない。

2 減点査定について

(一) 被告は、右に述べたとおり、診療の内容については審査権を有しないのであるから、診療内容の適否に関して減点査定をすることはできない。そもそも被告が減点査定をすることについては、健保法、基金法その他の法令に何ら規定されていないのであつて、減点査定は、法律上の根拠を有する制度ではない。

厚生省保険局長通牒(昭和三三年保発第七一号「診療報酬の請求に関する審査について」)は、保険診療について国が診療内容を細かく指定していたいわゆる制限診療時代に出されたものであつて、昭和四七年にこのような制限が撤廃されたことにより失効したものであるし、そもそも通牒は対外的には何らの効力をも有しない内部文書であるから、その存在をもつて、原告に対し減点査定をして診療報酬の支払を拒絶する権限の根拠とすることはできない。

(二) 被告の審査委員会が審査過程において疑問等を持つた場合、右審査委員会は、都道府県知事の承認を得て、当該診療担当者に対して出頭及び説明を求め、報告をさせ、又は診療録その他の帳簿書類の提出を求めることができるのであるが、このことを規定した基金法一四条の三は、被告の存立目的である診療報酬の迅速適正な支払をし、あわせて診療報酬請求書の審査をするという二つの要請を調和させ、これを担保するために設けられた規定である。そして、右の手続を履践することによつて、審査委員会がその抱いている疑問を解消できる一方、診療担当者も説明や資料の提供によつて疑問を晴らす機会が与えられ、診療報酬の迅速な支払を受けることができることになるのであるから、同条は、審査委員会の権限のみならず、診療担当者の権利、換言すれば審査委員会の義務をも定めたものである。しかも、同条は、審査委員会が本来問題にすべきでないような点についてまでみだりにこの権限を行使する弊害を防ぐため、あらかじめ知事の承認を受けなければならないこととしているのである。

したがつて、審査委員会は、審査過程において疑問を持つた場合には必ずこの手続を履践しなければならず、これをしないまま一方的に減点査定を行うことは、基金法一四条の三及び同法一条の精神に反し、事前承認手続を通じて行使されるべき知事の審査委員会に対する監督を潜脱するものであつて許されない。

(三) 被告のする減点査定は、とりも直さず診療報酬の一部に対する支払拒絶であるから、実質的に基金法一四条の四に規定されている診療報酬の支払の一時差止めと同じ効果を有しているものであるところ、同条の一時差止めをするためには、診療担当者が審査委員会のした同法一四条の三所定の求めに対して正当な理由なく応じなかつたこと及び知事の承認を得たことという厳格な要件を満たすことが必要とされている。したがつて、被告が、同法一四条の三所定の手続を履践せず、知事の承認も受けないで減点査定をして、これに相当する診療報酬の支払を拒絶することは、同法一四条の四を潜脱するものであつて、許されない。

また、右のような違法な潜脱行為の結果提起された診療報酬請求訴訟において、被告が当該減点査定にかかる診療報酬債権の発生を否認して争うことは、右潜脱行為を不問に付そうとするものであつて、許されない。

3 主張立証責任の分配について

診療報酬請求に関し、当該療養給付が実際にされたか否かということは、専ら診療担当者と保険者との間で処理されるべき問題であつて、被告はこの点に関し保険者から何らの権限も委託されていないものであるし、療養給付の内容は、担当医師の良識にまかされていて、万一それに問題がある場合には監督官庁の担当医師に対する指導監督によつて処理されるべきものであるから、被告は、診療報酬請求に関し当該療養給付がされたか否か、当該療養給付の内容が合理的かつ妥当であるか否かを問題にして争う権限を有しない。

また、被告が審査することができるのは、算定方法告示所定の区分若しくは点数の誤記又は誤算の有無に限られるのであるから、医療機関から適式の請求がされた場合、被告としては、基金法一四条の四により診療報酬の支払を一時差止めるという例外的な場合を除いて、その支払をするほかはないのである。

したがつて、原告が診療報酬請求権の発生根拠として主張立証責任を負うのは、当該診療報酬について被告に対して適式の請求をした事実だけである。そして、原告において、当該療養給付が実際にされたこと及びその内容が合理的で妥当であることを主張立証する必要がないだけではなく、被告において、療養給付が実際にはされていないこと又はその内容が不当であることを主張立証して診療報酬の支払を拒むこともできないのである。

なお、原告は、本訴において、原告附属病院において行つた個々の診療行為の妥当性について判断を求めるものではなく、この点に関する主張立証はしない。

四 原告の主張に対する被告の反論

1 被告の審査について

被告の審査委員会のする審査は、診療報酬の請求について請求点数の誤算があるかどうか等の単なる事務処理に類する形式的審査にとどまらず、療養担当規則に照らし、医学的専門的見地から見て右請求が適正妥当であるか等の実質的審査にも及ぶものである。

療養担当規則は、保険医療機関及び保険医が保険診療に当たつて遵守しなければならない命令であり、適正な保険診療の範囲を画する基準として、診療の一般的方針及び具体的方針を定めている。療養担当規則の規定が精神的な訓示でその解釈や判断がすべて担当医師の裁量にゆだねられているとすることは、事実上、命令の効力を否定し、法律上の義務を否定する結果となるものであつて、健保法四三条の四及び同条の六に照らして許されず、全く不当である。

被告の審査委員会の委員は、厳格な選任基準に従つて、各推せん母体からの推せんに基づいて幹事長がこれを委嘱することとされており、その結果、診療担当者を代表する者(都道府県医師会等が推せんする者)、保険者を代表する者(都道府県保険課等保険者が推せんする者)及び学識経験者(都道府県知事が推せんする者)の三者から構成され、かつ、そのすべての経験豊富な医師等医学の専門家として高度の技能を有している者であり、その医学的専門的知識を踏まえた審査が行われる体制となつているのであるから、審査委員会の審査の結果については、客観性及び正当性が担保されているというべきである。

2 減点査定について

被告は、右に述べたように、適正な診療報酬支払額を確認するために、診療内容を審査して当該診療報酬請求権の存否を点検、確認することができるものであり、減点査定はその結果としてされるものである。

減点査定は基金法一四条の三第一項の手続をとらなければできないものではなく、また、同法一四条の四が規定している診療報酬の一時差止めは、減点査定とはその存在の趣旨及び目的を明らかに異にするものであるから、この両者を比較対照するのは失当であり、同法一四条の三第一項の手続を履践しないで減点査定をすることは、同法一四条の四を潜脱するものではない。

3 主張立証責任の分配について

当該療養給付が療養担当規則等に適合するものであることは、診療担当者である原告においてこれを主張立証する責任がある。

第三 証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実はいずれも当事者間に争いがない。

原告は、右請求原因事実によつて、本件診療報酬請求権が発生するとして種々主張するので、その当否について検討する。

二本件に関する法令上の制度の概要は以下のとおりである。

1  健保法関係

(一)  健康保険においては、保険者が被保険者の業務外の事由による傷病等及びその被扶養者の傷病等に関して保険給付をすることとし(健保法一条一項)、このうち被保険者の傷病に関しては、保険医療機関又は保険薬局のうち、自己の選定するものから診察、薬剤又は治療材料の支給、処置・手術その他の治療等の療養の給付(現物給付を原則とする。)を受ける(同法四三条一項、三項、四四条)。

(二)  保険医療機関は、都道府県知事の指定を受けた病院又は診療所であり(同法四三条の三)、保険医療機関において診療に従事する医師等は、都道府県知事の登録を受けた医師(以下「保険医」という。)等であることを要し(同法四三条の二)、保険医療機関は、命令の定めるところにより療養の給付を担当しなければならず(同法四三条の四第一項)、また、保険医は、命令の定めるところにより健康保険の診療に当たらなければならない(同法四三条の六第一項)。療養担当規則は、右各規定の委任に基づいて定められたものであり、同規則のうち本件に関係する規定は後記4のとおりである。

(三)  保険医療機関は、その療養の給付に関し、療養に要する費用の額から一部負担金(同法四三条の八)に相当する額を控除した額を保険者に請求することができ(同法四三条の九第一項)、右療養の給付に関し請求することができる費用の額は、厚生大臣の定めるところにより算定する(同法四三条の九第二項)。右厚生大臣の定めが算定方法告示であり、同告示は、一点の単位を一〇円とし、別表(診療報酬点数表)に定める点数を乗じてこれを算定するものとしている。

(四)  保険者は、保険医療機関から療養の給付に関する費用の請求があつたときは、療養担当規則、算定方法告示等に照らしてこれを審査した上支払うものであるが、右の審査及び支払に関する事務を、被告支払基金に委託することができ、同基金は保険者と契約を締結して右委託を受けた業務を行う(同法四三条の九第四項、五項、基金法一三条一項、四項)。

(五)  健保法四三条の九第一項ないし五項に定めるもののほか保険医療機関の療養の給付に関する費用の請求に関して必要な事項は命令により定めることとされ(健保法四三条の九第六項)、右法律の委任に基づいて、「療養の給付及び公費負担医療に関する省令」(昭和五一年厚生省令第三六号)が定められている(同省令制定前は、「保険医療機関及び保険薬局の療養の給付に関する費用の請求に関する省令」(昭和三三年厚生省令三一号)が定められていた。)。

右「療養の給付及び公費負担医療に関する省令」の内容は、次のとおりである。

保険医療機関が、療養の給付に関し、費用を請求しようとするときは、診療報酬請求書に診療報酬明細書を添付して、これを審査支払機関に提出する。

診療報酬請求書には、所定様式により、保険者ごとに、件数、診療実日数、点数、一部負担金の額を記入するものとされ、診療報酬明細書には、所定様式により、療養の給付を受けた者〔氏名、性別、出生年)ごとに、傷病名、診療開始日、診療実日数等を記載した上、診察料、投薬料、注射料、検査料等の項目を細分して療養の給付の内容を記入するものとされている。診療報酬請求書は、各月分について、翌月一〇日までに提出しなければならない。

2  その他の社会保険法関係

療養の給付に関し、国民健康保険法(昭和三三年法律第一九二号)、日雇労働者健康保険法(昭和二八年法律第二〇七号)、船員保険法(昭和一四年法律第七三号)、国家公務員共済組合法(昭和三三年法律第一二八号)、地方公務員等共済組合法(昭和三七年法律第一五二号)等その他の社会保険法は、右健康保険法とほぼ同様の制度を設けている。

3  基金法関係

(一)  被告基金は、保険者が健保法等社会保険各法の規定に基づいてする療養の給付について、診療担当者に対して支払うべき費用の迅速適正な支払をし、あわせて診療担当者から提出された診療報酬請求書の審査を行うことを目的とし(基金法一条)、各保険者から所定の支払基金の委託を受け、診療担当者から提出された請求書を審査し、右審査に基づき厚生大臣の定めるところにより算定した金額を支払うことを主たる業務とする公法人である(同法二条、一三条一項)。

(二)  被告基金は、その従たる事務所を各都道府県に置き(同法三条一項)、前記審査を行うために従たる事務所ごとに審査委員会を設けるが、その委員は、診療担当者を代表する者、保険者を代表する者及び学識経験者から委嘱される(同法一四条一、二項)。右審査委員会に関する事項は、基金法に定めるほか、命令で定めることとされ(同法一四条の六)、この規定に基づいて社会保険診療報酬請求書審査委員会規程(昭和二三年厚生省令五六号、以下「審査委員会規程」という。)が定められている。

そして、保険医療機関等の提出する診療報酬請求書については療養担当規則、算定方法告示等に基づいて診療報酬請求の適否を審査するものと定められている(審査委員会規程四条)。

(三)  審査委員会は、請求書の審査のため必要があると認めるときは、都道府県知事の承認を得て、当該診療担当者に対し、出頭及び説明を求め、報告をさせ、又は診療録その他の帳簿書類の提出を求めることができ(基金法一四条の三第一項)、当該診療担当者が正当の理由がなく右審査委員会の要求を拒んだ場合、被告基金は、都道府県知事の承諾を得てその者に対する診療報酬の支払を一時差し止めることができる(同法一四条の四)。

4  療養担当規則

療養担当規則第一章保険医療機関の療養担当は、保険医療機関が担当する療養の給付の範囲を定める(一条)ほか、保険医療機関は、懇切丁寧に療養の給付を担当しなければならず、療養の給付は、患者の療養上妥当適切なものでなければならないとし(二条一、二項)、同規則第二章保険医の診療方針等は、保険医の診療の一般的方針として、保険医の診療は、一般に医師として診療の必要があると認められる傷病等に対して、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならないとし(一二条)、療養及び指導の基本準則、指導の方針(一三条ないし一五条)を示すとともに、特殊療法等を禁止し(一八条)、厚生大臣の定める医薬品以外の医薬品の施用を禁止する(一九条)ほか、診療の具体的方針として、二〇条に次のような規定を置いている。

(一)  診療は、特に患者の職業上及び環境上の特性等を顧慮して行い、健康診断は療養の給付の対象として行つてはならず、往診は、診療上必要があると認められる場合に行い、また、各種の検査は、診療上必要があると認められる場合に行い、研究の目的をもつて行つてはならない。

(二)  投薬は、必要があると認められる場合に行い、治療上一剤で足りる場合には一剤を投与し、必要があると認められる場合に二剤以上を投与する。同一の投薬は、みだりに反覆せず、病状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をしなければならない。栄養、安静、運動、職場転換その他療養上の注意を行うことにより、治療の効果を挙げることができると認められる場合は、これらに関し指導を行い、みだりに投薬をしてはならない。

(三)  注射は、経口投与によつて胃腸障害を起こすおそれがあるとき、経口投与をすることができないとき、経口投与によつては治療の効果を期待することができないとき、特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき、その他注射によらなければ治療の効果を期待することが困難であるときに行う。内服薬との併合は、これによつて著しく治療の効果を挙げることが明らかな場合又は内服薬の投与だけでは治療の効果を期待することが困難である場合に限つて行い、混合注射は、合理的であると認められる場合に行う。

(四)  手術は必要があると認められる場合に行い、処置は必要の程度において行う。

三行政解釈

厚生省保険局長通牒(「診療報酬の請求に関する審査について」、昭和三三年保発七一号厚生省保険局長から被告基金理事長あて)は、審査の原則に関することとして、審査委員会における審査は、いずれの診療報酬点数表により診療報酬額を算定する場合でも、保険医療機関等から提出された診療報酬請求明細書に記載されている事項につき、書面審査を基調として、その診療内容が療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が健保法の規定による算定方法告示に照らし、誤りがないかどうかを検討し、もつて適正な診療報酬額を審査算定する、こととし、審査の基本方針に関することとして、1 審査に当たつては保険医療機関等から提出された個々の明細書につき適否を審査するともに、全般的通覧等を通じて当該保険医療機関等の診療の取扱いが適正であるかどうか等の全般的傾向を十分把握して審査をする必要があること、2 審査の公正を期するため、審査委員会相互の間に審査上の差異が生じ、また、同一審査委員会においても審査委員の審査従事時間の長短、審査委員の主観的相違等により、その個人差的不均等が生じないように配慮されるべきであること等とし、審査の具体的方針に関することとして、診療行為の種類、回数又は実施量等については、療養担当規則に照らして不当と認められる部分につき減点査定すべきことは当然であること等としている。

四診療報酬の請求に対する被告の審査方法及び手続

右に述べたところと、〈証拠〉及び関係諸法規を総合すると、被告の審査委員会のする審査方法及び手続は、おおむね次のように運用されていることが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

1  保険医療機関が療養の給付をしたときは、診療報酬請求書及び診療報酬請求明細書を提出する(前記「保険医療機関及び保険薬局の療養の給付に関する費用の請求に関する省令」、「療養の給付及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令」)。被告の当該事務所が、右診療報酬請求書及び診療報酬請求明細書を受理したときは、その形式上の不備の有無を点検した上、これを審査委員会に提出して審査に付し(昭和三九年七月七日被告制定の業務規程(以下「業務規程」という。)第五条ないし八条)、審査が終了したときは、当該事務所は、保険医療機関別の支払額を算出したうえ(業務規程一一条ないし一三条)、所定の手続を経て、保険医療機関に対し支払の手続をとる(業務規程一四条ないし一九条)。

2  右審査委員会の審査委員は、逐次、前記「診療報酬の請求に関する審査について」と題する厚生省保険局長通牒に準拠して、診療報酬請求が、算定方法告示、療養担当規則に適合するか否かを審査し、最終的に審査が終了したときは、当該事務所は、審査の結果に基づいて計数の整理をし、増減点の措置を要するものについては、保険医療機関に対して増減点の通知をする。

増減点通知は、増減点通知書と題する書面をもつてされる(業務規程一〇条、昭和三二年八月二八日基調発第一七八号、昭和三二年九月三日基調発第一八一号「減点通知実施について」と題する通牒)。右通牒によれば、減点通知書には、査定の対象となつた患者ごとに管掌別、患者名、増減点数、事由が示され、減点事由は、「A」から「K」までの記号によつて示され、その内容は次のとおりである。

「A」 適応と認められないもの

「B」 過剰と認められるもの

「C」 重複と認められるもの

「D」 担当規則(指針、基準、疑義解釈及び通牒を含む)に反するもの

「E」 前各号の外不適当又は不必要と認められるもの

「F」 固定点数が誤つているもの

「C」 請求点数の集計が誤つているもの

「H」 縦計計算が誤つているもの

「K」 その他

3  本件の診療報酬の請求について、被告の審査並びにこれに基づく減点査定及びその減点通知は、右1ないし3に述べた方法によつてされた。

以上の事実が認められる。

五被告の審査について

1 右に見たように、健保法上、保険者は、保険医療機関から療養の給付に関する費用の請求があつたときは、療養担当規則に照らし、これを審査した上支払うものとされており(同法四三条の九第四項)、被告は、保険者からその審査及び支払に関する事務を委託されて担当するものであること(同法四三条の九第五項、基金法一条)から、被告の審査委員会のする審査は、診療報酬の請求について、請求点数の誤算があるかどうか等の単なる事務処理に類する形式的事項の審査にとどまらず、療養担当規則に適合しているかどうかという実質的審査に及ぶものであることは明らかであり、また、その範囲を原告の主張にかかる療養担当規則中のいわゆる禁止規定違反の有無に限定すべき理由はないものというべきである。

2  原告は、被告の審査が個々の診療内容が療養担当規則に適合しているか否かの点にまで及ばないものである旨主張し、まず、担当医師の裁量権を排除ないし制限する法規はなく、また、療養担当規則は、担当医師に診療内容についての最終的判断をゆだねたものであつて、そのように解するのが臨床医療の本質及び憲法二五条の精神に照らして合理的であるとする。

もとより、臨床医療が個々の患者の症状、特性等に応じて実施されるものであり、患者に直接接する医師の専門的判断が重要であることはいうまでもないところである。

しかしながら、保険診療は、国の医療保障行政の一環として、全国民を対象として予定し、負担と給付の公平を図りつつ、その健康を維持増進させることを目的として実施されるべきものであることから、公共性を有しているものというべきものである。したがつて、保険診療においては、診療の具体的方針についての厳格な制約が必要であるというべく、保険医の診療は、右のような要請に基づく社会保険制度との調和ないしこれによる制約を当然の前提とするものでなければならない。このような観点から健康保険においては、健保法が、保険医療機関は命令の定めるところにより療養の給付を担当する義務があるとし(同法四三条の四第一項)、保険医は命令の定めるところにより健康保険の診療に当たる義務がある(同条の六第一項)とし、右各規定に基づいて定められた療養担当規則が保険医療機関のする療養の給付の担当範囲、担当方針のほか、保険医の診療の具体的方針についてその細目を規定しているのであつて、これらは、いずれも、保険医の診療に対する右のような社会保険制度上の制約の内容を具体的に明らかにし、よるべき基準として設定したものというべきである。

したがつて、療養担当規則が、担当医師に診療内容について臨床上の専門的判断をゆだねていることをもつて直ちに第三者の事後審査を全く排除するような最終的判断権ないし裁量権をゆだねたものであるとすることはできないものというべく、この点に関する原告の主張は失当といわなければならない。

3  また、原告は、診療報酬請求書及び診療報酬明細書からは個々の患者の症状、患者特性、処置の経過等はわからないのであるから、被告の審査委員会が右書類だけを基礎として診療内容の適否について審査することは不可能であり、また、審査委員が右書類を十分に検討することは物理的にも不可能であるから、その審査結果に客観性及び正当性が担保されているとはいえないとする。

療養担当規則に適合するか否かの判断は、その規定事項から見て、医学的、専門的見地から診療報酬の請求が適正、妥当であるか否かの判断を含むものであるが、右に述べたように、被告の審査委員会の委員は、診療担当者を代表する者、保険者を代表する者及び学識経験者の三者から構成される(基金法一四条一、二項)のみならず、厚生省保険局長通牒(昭和三〇年四月二五日保文発第三七九一号基金理事長あて及び昭和四〇年四月二六日保発第一七号都道府県知事あて)及び〈証拠〉によれば、右審査委員の選任の具体的運用は、(一) 審査委員は社会保険の公的重要性を理解し、厳正、公平を期待し得る最適任者のみを委嘱すること、(二) 審査委員は専門的に高度の技能を有し、一般診療担当者の信頼を期待し得る最適任者を委嘱すること、(三) 審査委員は限られた期間内に膨大な診療報酬明細書を審査しなければならないものであるから、審査委員会に常に出席し、真摯な審査を行うことを期待し得る者であること、(四) 学識経験者たる審査委員は原則として審査に専従し得る者を委嘱すること等の厳格な選任基準に従つて、各推せん母体からの推せんに基づいて幹事長がこれを委嘱することとされており、現実には、審査委員の全員が医学の専門家として高度の技能を有している経験豊富な医師等であり、その医学的専門的知識、経験を踏まえた審査が行われる体制となつている。

そして、前示のとおり診療報酬請求明細書には、患者ごとに、傷病名、診療開始日、診療実日数、処置内容等をすべて記載することになつており、これと〈証拠〉を総合すれば、右のような方法によつて選任された審査委員は、右診療報酬明細書の記載内容だけによつて、個々の診療内容が療養担当規則に照らして、現代医学、医療水準に適合するものであるか否かを判定することが十分に可能であると判断することができ、右判断を左右するに足る証拠はない。

なお、右審査は、診療内容の点検にとどまるのであつて、治療行為には該当せず、かつ、治療行為の是正指導を直接の目的としたものではないから、審査委員会が前記資料のみに基づいて担当医師の判断処置の適否を判断することが無診察治療行為等を禁止した医師法二〇条の趣旨に反するとする原告の主張は採用できない。

六減点査定について

1 右に述べたように、被告は、診療行為の内容が療養担当規則に適合するものであるか否かについて審査することができるのであるから、診療報酬の請求について、被告の審査委員会が療養担当規則に照らして不当と認める部分があるときは、その部分についていわゆる減点査定をして支払を拒絶することができるというべきである。

2  原告は、被告の審査委員会が審査の過程において疑問を持つた場合には、基金法一四条の三第一項所定の手続を履践しなければならず、これをしないまま一方的に減点査定を行うことは許されない旨主張する。

しかしながら、右基金法一四条の三第一項は、審査のために必要があると認めるときは、同条項に定める手続をとることができるとして、この手続をとるかどうかを審査委員会の裁量的判断にゆだねているのみならず、同条項に定める手続をとらなければ減点査定ができないと規定しているわけではないから、右原告の主張は採用することができない。

3  また、原告は、被告が同法一四条の三第一項所定の手続を履践せず、知事の承認も得ないで減点査定をして、これに相当する診療報酬の支払を拒絶することは、同法一四条の四の診療報酬の支払の一時差止めの規定を潜脱するものであつて許されない旨主張する。

しかしながら、右法条は、その文言自体から明らかなように、診療担当者が同法一四条の三第一項の、審査委員会の要求に応じないときに、被告が、右要求の実現を間接的に確保するために、診療報酬の支払を一時差し止めることができる旨を定めたにすぎず、本件減点査定は、被告の東京都事務所の審査委員会が、原告の本件診療報酬の請求について審査した結果、減点の措置を要するとして行つたものであつて、単に、診療報酬の支払を一時差し止めたものではないことが明らかである。したがつて、原告の右主張もまた採用することはできない。

七主張立証責任の分配について

1  被告の審査委員会のする審査は、診療報酬の請求から支払に至る手続の中間段階において、適正な診療報酬支払額を確認する限度で、当該診療報酬請求権の存否を点検、確認する措置にとどまり、これによる減点査定も、診療報酬の請求に対する単なる履行拒絶の意思表示にすぎず、右審査により、右請求権に基づく請求自体の増減が確定されるものではないから、右請求権が正当なものである限り、保険者等から診療報酬の支払委託を受けている被告基金に対し民事訴訟手続によりその履行を求めることができると解すべきである。

2 ところで、健保法上の保険医療機関の申請と指定は、国の機関としての知事が第三者である被保険者のために、保険者に代わつて療養の給付を医療機関に委託することを目的とした公法上の準委任契約の性質を有し、保険医療機関の診療報酬請求権は、委任事務報酬請求権の性質を有するものである。

そして、委任事務報酬請求権は、受任者が委託の本旨に従つて事務を処理したときに発生するものであるところ、右契約における委任事務の内容は、健保法四三条一項に列挙されているだけでなく、療養担当規則において、事務を処理するに当たつての具体的方針が定められ、保険医療機関は、右規則に定められた方針に従つて事務を処理しなければならないのであるから、保険医療機関が法律及び規則に適合した療養の給付を行つた場合に初めて診療報酬請求権が発生するものというべきである。

したがつて、診療報酬を請求する保険医療機関は、現実に個々の療養の給付をしたこと及び右給付が療養担当規則等に適合してされたことについて、その主張立証責任を負担すると解すべきである。

八結論

以上検討したように、被告の審査委員会のする審査は、診療内容が療養担当規則に適合するものであるか否かの点にまで及び、また、それゆえ、審査委員会が療養担当規則に適合しないと判断した部分について、被告は、減点査定をして、その支払を拒絶することもできるのであるが、民事訴訟手続によつてその部分の履行を求める場合には、診療担当者である原告において、当該部分につき、療養の給付をしたこと及びそれが療養担当規則に適合してされたことを主張立証すべきものであるところ、原告は、この点について何ら主張立証しないのであるから、結局、本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(園部逸夫 原田和徳 端二三彦)

(別表)〈省略〉

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